鬼塚勝也はパンチドランカー?引退後は画家へ? 戦績やジムも紹介

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今日は鬼塚勝也選手をご紹介します。
現在はWBA世界スーパーフライ級王者として5度の防衛に成功し、鋼鉄の精神力と言われていますが幼少期は体も弱く喘息などで苦しんでいた時期もあったようです。
そして鬼塚勝也と検索をかけるとパンチドランカーと関連で出てきた為、その真偽も確かめてみました。
また引退後は画家として活動されており個展も開かれています。
そんな鬼塚さんの絵や現役時代の戦績、ジムなども紹介していきたいと思います。

鬼塚勝也の戦績やジムは?

鬼塚勝也
鬼塚勝也5
生年月日:1970年3月12日
所属ジム:協栄ボクシングジム
出身:福岡県
階級:スーパーフライ級
戦績:25戦24勝(17KO)1敗
勝率:9割(KO率6割)

WBA世界スーパーフライ級王者
そして5度の防衛に成功。

鋼鉄の精神力と鋭いワンツーパンチが何よりの武器だったようです。
大変斬新なボクサーとして知られていたようですが、なぜかというとシューズや、トランクス、ガウン、セコンド着などは全て本人がデザインしていました。
写真見て頂いたら分かりますが、とても整った顔をしており女性ファンも多かったようです。
今ではトランクスなど自分でデザインしたなんて話も聞きますが、当時は珍しかったんでしょう。

先ほども書きましたが、小さい頃は体も弱く喘息などでいつも苦しんでいました。
その為強さへの憧れが強かったようで小学校の頃から拳ひとつで強さを証明するボクシングの世界チャンピオンを夢見るようになったようです。

とても努力家の選手で高校生の時にはボクシング部の練習をしながらジムに通い、休日には他校の練習にも参加していました。
そしてその努力も実り高校在学中にプロテストに合格しています。
当時のマネージャーがなんとあの有名な片岡鶴太郎さん!
鬼塚勝也6
余談ですが現在は和気慎吾にセコンドとしてまた付いたみたいですね。
和気慎吾選手の記事はこちら!

戦績

アマチュアとしての戦績は43戦38勝(20KO)5敗
プロとしては25戦24勝(17KO)1敗
鬼塚勝也9
詳しく書いているサイトはいくらでもあるので軽く載せておきます。
プロとして負けた試合は最後に行った試合で、対戦相手は韓国の李炯哲
その試合はWBA王座防衛6回目に行われた試合で、負けてしまったため王座陥落しその後網膜剥離でボクサーとしても引退しています。
それ以外は全戦全勝なんですごいですよね!

所属ジム

鬼塚勝也10
所属していたジムは協栄ボクシングジム。
協栄ジムで出たチャンピオンには「具志堅用高」「亀田興毅」もいます。
昔から強い選手を育てていたジムなんです。
現在では亀田3兄弟の一番末っ子の「亀田和毅」も所属しています。
亀田3兄弟の父親も言っていましたが、3兄弟の仲で1番ボクシングセンスがあるのは末っ子の和毅のようです。
今後の活躍にも注目ですね!

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鬼塚勝也はパンチドランカー?

鬼塚勝也8
まずパンチドランカーとはいったいなんでしょうか?
そのことについて説明します。

パンチドランカーとは

鬼塚勝也7
頭部への衝撃から生じる脳震盪(のうしんとう)を起因とする神経変性疾患及び認知症に似た症状を持つ進行性の脳障害疾患の事。
難しく書くとこういう事なんですが、要は脳への衝撃が蓄積し限界を超えると脳に障害が起こることだと思ってもらえればいいです。

ボクサーではかなり多い疾患のようで有名な人では
辰吉丈一郎マイク・ベルナルドたこ八郎高橋ナオトなどなどです。
マイク・ベルナルドに関してはパンチドランカー症やうつ病に悩まされており、自宅で亡くなっていたのを発見されています。
ボクシングを始めてから平均して15年後くらいに発症する選手が多く、ボクサーの約20%が患っているといわれている。
プロボクサーはメンタルも強い人が多いですが、そんな人ですら死を選んでしまうパンチドランカー症の症状とはいったいどういったものなのでしょうか。

    主な症状として

  • 呂律が回らない
  • 忘れやすくなる
  • 記憶が混乱
  • 止められないほどの手足の震え
  • 集中力の低下
  • ふらつき
  • めまい
  • 怒りっぽくなる
  • 読み書きができない

などがあげられます。

症状にも軽度や重度がありひどくなれば人格の崩壊などもあります。
辰吉丈一郎も呂律が全く回ってないですよね。
高橋ナオトは周りがドン引きするほど会話が成り立っていなかったようです。

では鬼塚さんはどうなのでしょう?
調べてみたところパンチドランカーという話は全く出てきませんでした。
絵画展の紹介をしている動画も見たのですが、呂律が回っていないわけでもないですね。
次のタイトルで詳しく書きますが、とても特徴的な絵を描く方なのでそういうとことで勘違いした人がいるのかもしれないです。

ボクサーだけがなる障害ではないですが、頭に衝撃を受けるという意味ではボクサーに多い障害というのは納得です。
パンチドランカーになればもちろん本人も辛いと思います。
それ以上に周りの家族の方や友人も複雑な気持ちなんではないでしょうか。

鬼塚勝也が引退後画家へ?

鬼塚勝也4
1994年にボクシングを引退しその後は画家として第2の人生を歩んでいる鬼塚さんですが、ボクサーから画家の世界に没頭するまでにかなりの苦悩がありました。

自信のFacebookで書かれていました。
鬼塚勝也1
「僕が絵を描いていることを知っている人はあまりいないと思う。
ボクサーとしてリングに立てなくなってどう生きていいのかもわからず、言葉の分からないロサンゼルスに行ってスーパーで見つけた求人広告が目に付いて面接に行ったのが保育園。バイトのようなボランティアのような仕事を2か月弱。子供たちの昼寝の時間に絵を描いて教室に貼ってたのが喜ばれてそれからどんどん絵を描く行為にはまっていった。元ボクサーが絵描いていると言ってもその行為が薄くとられてもしょうがない。でもリングの上でしか自分を生かすことしか知らず、扱いにくい個性だけが残されてやり場のない状況が続く中絵を描いていると時だけが自分自身の確認ができた。」

今までボクシング一筋で来た人が明日から別の事をしようとしてもなかなかできないですよね。
鬼塚さんに至っては辞めた理由が網膜剥離という病気であったからなおさら心が置いてきぼりになったのではないでしょうか。

辛かったと思います。
そのつらい時期に夢中になれる絵に出合ったのは幸せなことですよね。
そういえば片岡鶴太郎さんも絵を描かれています。
鬼塚さんももしかしたら昔から絵に興味があったのではないでしょうか。

個展も定期的に開いているようで最近では2016年10月30日~11月6日に福岡にあるボクシングホールで開かれていました。
鬼塚勝也2
鬼塚勝也3

僕はあまり絵についてはわからないですが、鬼塚さんの絵は見ていてすごく引き込まれました。
個人的には機会があれば個展にも行ってもっとたくさん見てみたいと思うような絵です。
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