石田順裕のジムやファイトマネーは?京太郎との試合は白熱?嫁も紹介

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今日は石田順裕というボクシング選手についてのご紹介です。
2015年最近まで現役で試合をされていて現在では「寝屋川石田ボクシングクラブ」で指導を行っています。
僕の記事では珍しいヘビー級の選手であり、そんな石田選手のジムやファイトマネーを紹介!
また京太郎との試合は白熱したものがあったようでその試合についても記事にしてみました。

石田順裕のジムやファイトマネーを紹介

石田順裕
石田順裕7

生年月日:1975年8月18日
所属ジム:大阪帝拳ジム
出身:熊本県
階級:ヘビー級
戦績:40戦27勝(11KO)11敗2分
勝率:6割(KO率2割)

第28代日本スーパーウェルター級王者
第22代OPBF東洋太平洋スーパーウェルター級王者
元WBA世界スーパーウェルター級暫定王者

熊本出身の選手ですが産まれてすぐ大阪に引っ越しています。
6歳の時からボクシングを始め、高校3年のとき高校選抜ライト級で優勝。
大学でもボクシング部の主将を務め活躍しており、プロボクサーの道まっしぐらのように見えます。
しかし当初はプロにならずに児童福祉施設職員となって社会福祉主事の資格も取得
一旦ボクサーとしての活動を辞めてしまいますが、1998年に施設利用者から勧められ社会人選手権ライトミドル級に出場し優勝を収めました。
翌年の1999年に全日本選手権ライトミドル級3位となりプロへ転向

プロボクサーとしは珍しい経歴の方です。
プロボクサーは安定しているとは言えない仕事なので安定を求めて福祉の仕事に就いたのかもしれませんね。
安定をとるか夢をとるか難しい選択です。
僕も高卒で犬の訓練士になろうと訓練所に行き見習いという肩書で、無給の仕事していましたが高校の先生には全力で止められました。
今はやめて普通に会社員していますが、その選択が正しかったのかどうかは今では分かりません。
プロボクサーになるということもそういうのと同じことだと思います。
チャンピオンにならなければもちろんお金も入ってこないし、先日の記事でも書きましたが命がけの仕事の為障害が出て人生が台無しになる可能性も・・・。

しかし石田選手はプロになる決心をしたという事はボクシングが大好きだし、上を目指していきたいという思いが強かったはずです。

所属ジム

大阪帝拳ボクシングジムに所属していました。
僕の記事でも紹介した中澤奨やその他にも辰吉寿以輝や播磨一憲といった今後活躍するであろう選手がたくさんいるジムです。
中澤奨選手の記事はこちら!

WBC世界バンダム級王者の山中慎介も帝拳ジム所属の選手ですよね。
3月2日に12度目の防衛戦が予定されています。

現在は大阪の「寝屋川石田ボクシングクラブ」の会長として指導を行っています。
石田順裕2
石田順裕1

2015年に正式オープンしたばかりの新しいボクシングジムです。
石田選手は「将来的にアマで五輪チャンピオンを育てたい」と話していました。
トレーナーとしてはこれからって感じですね。
石田選手が歩んできた波乱万丈の人生経験を生かして選手を育てていって欲しいです。

ファイトマネー

小國以載7
情報としては2011年の4月9日に行われた試合で石田選手のファイトマネーは3万5千ドルだったようです。
その試合は対戦相手がWBO世界ミドル級4位で27戦全勝という強敵。
圧倒的不利の試合でしたが初回に3度ダウンを奪い、TKO勝利という予期せぬ勝利を収めた為に一躍脚光を浴びます。
その試合でファイトマネーも上がったと思われ、2012年にゴールデンボーイ・プロモーションと契約の話が出ますが、その際提示されたファイトマネーは最低5万ドル(約550万)という話でした。
しかし対戦オファーを受けられない状態が続きゴールデンボーイ・プロモーションとの契約も破棄してしまいます。
そのことから考えても当時は5万ドル以上のファイトマネーを貰っていたのではないでしょうか。

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石田順裕の嫁

石田順裕3
石田選手の奥さんは麻衣さんと言って臨床心理士と精神保健福祉士の資格を持ち、正式なカウンセラーとして働いています。
現在は3人の子供に恵まれ幸せな家庭を築いていますが、
石田選手が35歳ということもあり現役時代には苦しい時期がたくさんあったようです。

そんな苦しい時期のなかとても感動的な話があります。
ボクシングの試合ってかませの試合結構多いんですが、石田選手が2011年に行った試合もかませ犬としての試合でした。
対戦相手はジェームス・カークランド、当時の戦績は27戦全勝内24kOという強敵。
マイクタイソンの再来と呼ばれるほど強い選手です。
万が一の為遺書まで書いていたほど。
そのかませ犬として選ばれた石田選手なんですが、試合前の緊張のせいでいつもは絶対に言わないきつい一言を奥さんに行ってしまいます。

「お前がやれっていうから、俺はやってきたんや。
もし負けて1Rで負けて恥をかいたら全部お前のせいだ!」

と言ってしまいます。

その言葉に対し奥さんが返した一言は

石田順裕6
「じゃあ勝ったら全部私のお陰やね」

その一言があったからこそ石田選手は勝てたんじゃないかと思います。
本当に戦っている石田選手よりも肝が据わってかっこいい奥さんですよね。
石田選手は本当にいい奥さんそして世界で一番応援してくれる人に出会えたんじゃないかと思います。

妻の麻衣さんもアメーバブログをされているのですがプロヒィールに
ちょっと自慢できること
夫、出会った日からずっと好き
何をしているときが幸せ?
夫と子供たちとゆっくりしているとき

と書かれています。
本当に夫である石田選手の事が大好きだし全力で応援しています。
これからもお互い支えあって頑張っていって欲しいです!

石田順裕と京太郎の試合

石田順裕5

石田選手はボクシング人生で2014年と2015年の2度藤本京太郎と試合を行っています。
どちらも結果だけを見ると判定負けという結果に終わっていますが、10歳以上年下の選手にも引けを取らない試合展開だったようです。

40歳間近、約5か月という短期間でミドル級から一気に4階級も上げるという離れ業をやってのけた石田選手。
引退も考えていたとき「最後は日本のリングに上がりたい」そう考えるも日本ではあまりヘビー級がいない現状。
やっと決まった対戦相手は10㎏以上体重差があり年も若い藤本京太郎。
石田順裕4
傍から見ると京太郎が圧倒的に有利。
しかし実際の試合展開は京太郎には優しいものではありませんでした。
試合開始後から石田選手が果敢に攻めていき、京太郎が反撃するすきを与えません。
その後のラウンドも石田選手の攻めが続き、試合途中の判定も石田選手が有利との判断でした。

なかなか決定的な1打が決まらず8R判定に持ち込まれた結果。
3-0で京太郎の勝利に終わります。
会場からはブーイングが巻き起こりなぜ石田選手が負けなのかわからないといった空気が流れる始末。
試合後のインタビューでも「勝っていたのに負けにされて悔しくないんですか?」という質問も・・・。
しかしその質問に対しても
「もちろん勝ったと思いました。判定は判定ですから結果は受け入れるしかない。納得はいってないです。」
との回答が返ってきました。

勝ち負けは仕方のないことですが、40歳とは思えないキレッキレの動きで本当に努力して体を作ってきたんだなと思いました。
10㎏の体重差ってかなりハンデだと思うんですが、そんなもの関係ないと言わんばかりの試合展開だったのではないでしょうか。

現在はジムで若手の育成に励んでいる石田選手ですが、きっと持ち前の諦めない心を選手たちに教えていくんだと思います。
今後も素晴らしい奥さんと二人三脚で頑張っていって欲しいです。
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