大橋秀行の強さは150年に1人の天才?現役時代の戦績や性格も紹介!

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大橋秀行さんはかなり昔の選手ですが現在は大橋ボクシングジムの会長をされている方です。
今日は大橋秀行さんをご紹介します!

大橋秀行は150年に1人の天才?

まず大橋秀行さんのプロフィールです。

大橋秀行
生年月日:1965年3月8日
所属ジム:ヨネクラボクシングジム
階級:日本ジュニアフライ級(現・ライトフライ級)

WBC世界ミニマム級ならびにWBA世界同級王座を獲得しています。
※ミニマム級とは全17階級の中で最も軽い重量の階級。(約47kg以下)

現在は大橋ボクシングジムの会長や2007年には東日本ボクシング協会会長。
これと兼任する形で日本プロボクシング協会(JPBA)会長。
2013年からは日本ボクシングコミッション(JBC)も務めており多忙な毎日を送っています。

大橋さんは1985年にプロデビューしておりその時のキャッチフレーズが「150年に1人の天才」でした。
具志堅用高さんが100年に1人の天才というフレーズでデビューしているので、それを超えています。
具志堅用高さんの記事もどうぞ!
具志堅用高は強すぎですごい!銀魂でもごり押し?あだ名や犬も紹介!
大橋秀行 1
具志堅用高さんを超えるとなるとなかなか高いハードルですね!
そのキャッチフレーズに負けないほどすごい武器を持っており、世界タイトルマッチはミニマム級で制覇していますが、そのパンチは「ライト級に匹敵する!」と言われていたほど強烈なカウンターパンチャーだったようです。

世界王者になってもハングリー精神が強かったようで、その当時最強を謳われていた張正九選手やリカルド・ロべス選手などを日本に招いて試合を行った印象深い選手でした。

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大橋秀行の現役時代の戦績は?

戦績としては24戦19勝(12KO)5敗です。
その5敗の中にはリカルド・ロべス選手や張正九選手も入っており、強い選手と積極的に試合をしていたことが分かります。
張正九選手には2度も負けており相当悔しかったことでしょう。
1度負けてもまた再選を挑ムことができるメンタルの強さがすごいです!

ボクシング史に残る名シーンとしてその当時WBC世界ミニマム級王座だったチェ・ジュンファンに勝利し連敗記録の21を止めたときの後楽園ホール万歳コール起こったんだとか。
大橋秀行 3
21回も連勝している相手に試合を申し込むのもすごいですが、それ以上にそんな選手に勝ってしまう大橋選手はバケモノですね!

大橋秀行の性格

大橋選手はすごく真面目でコツコツ実力を積み上げていく選手だったようです。
大橋選手には兄がおり兄は運動神経も良く、大橋選手よりも早い段階でプロボクサーになっています。
しかしその素質のある兄は日本ランカー(バンダム級1位)にはなれたのですが、世界チャンピオンにはなっていません。

その理由の一つとして性格の違いが大きかったみたいです。
大橋選手の兄は努力をせずに勝つことがかっこいいと思っていたようですが、大橋選手はその逆で「負けてもいいから全力で練習する」「100%の状態で負けたなら、その方がいい」という考えでした。
いくら素質があっても努力しなければ結果にコミットできないという事ですね!

大橋選手はどちらかと言えばそんなに運動神経も良くなかったようですが、地道な性格と諦めない強いメンタルのおかげでチャンピオンにまで登りつめています。
飛びぬけた素質はなくても努力をすれば高い目標も達成することができると、大橋選手が証明しています。
日本人初の世界3階級制覇王者の八重樫選手も大橋ボクシングジムの選手です。
その他にも大橋ボクシングジムは数名世界チャンピオンを輩出しています。
ここまでボクシングジムを立派にできたのも大橋さんお努力の賜物だと思います。
大橋秀行 4
八重樫選手と一緒にインタビュー受けている大橋さん嬉しそうですね。

努力ってホント難しいです。
みんなが遊んでるときにも自分だけコツコツ練習しなければならないですし、我慢することや諦めなければならないことも多いですよね。
でも頑張った分だけ結果がついてくるってわかればやる気もでてくるんじゃないでしょうか?
みなさんも目標の為に今苦しい思いをしている方がいれば、大橋選手を思い出して頑張ってみてください!
そうすれば必ず期待した成果がでます!
僕も大橋選手をお手本にして頑張っていきたいと思います。
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