河野公平の強さと父との関係!引退をかけた亀田との試合結果は?

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河野選手と言えばあの日本人初の3階級制覇王者の亀田興毅選手に勝ち2度目の防衛に成功したすばらしい選手ですよね。
その裏にはすばらしい努力があったと思います。
河野1

河野公平選手の強さとは

まず河野選手の紹介です。
生年月日 1980年11月23日の山梨県出身。
第22代・24代WBA世界スーパーフライ級王者。

河野選手の好きな言葉のひとつに「努力は人を裏切らない」という言葉があります。
とにかく努力の男という言葉がぴったりの人物であり、沢山の方は小さいころからボクシングを練習していますが、河野選手は高校3年の春からと、始めたのはかなり遅かったようです。
そんな状況の中でなぜ世界チャンピオンになれたかというと、これも努力の賜物と言わざるえないのではないでしょうか?
自身でもルーキーの頃はジムだけではなく自宅でもトレーニングをしていたほど。
河野2
さらにバイトも、専門学校も通っていたなんてすごいとしか言えません。
実は自宅の練習場はもともとボクシングに反対していた父親が作ってくれた愛のこもった練習場なんです。

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河野公平選手と父との関係は?

先ほども説明しましたがボクシングに反対していた父親がなぜ練習場まで作ってあげたのでしょうか?
2000年にデビューしそのデビュー戦はまさかの敗戦。
しかしこのデビュー戦に敗れて猛練習している息子に心打たれ自宅のリビングに練習場を改修した話があります。
いくら反対していたとはいえ、一生懸命な息子の背中を押してあげたかったのでしょう。
河野選手の努力ももちろんですが、父親の応援もあったからこそ2度も世界チャンピオンになれたんだと思います。
河野5

河野公平選手と亀田選手との試合結果は?

みなさんもご存じだとは思いますが、結果としては河野選手の判定勝ちに終わりました。
この試合は色々な憶測が飛び交っていて、亀田選手が「いやらしく勝つ」のではないかと思われてたようです。
しかし実際はそんな展開は全くなく、亀田選手は積極的に仕掛けて行きすばらしい試合でした。
河野選手の長所として、手数とその手数を支えるスタミナ、そして決してくじけることのない強靭なハートと言えるでしょう。
相手がもし低い姿勢でガードを固められたら、攻撃の糸口を見つけられずポイントで負けてしまう可能性もあると思われていました。
試合では積極的に攻めに回った亀田選手に河野選手のパンチがよく当たり大半が河野選手のペースのまま試合終了となった。
河野6

試合後亀田選手から「いい試合だった。この試合が終われば引退を考えていた」とのコメントがありました。
引退を勧められていたのは亀田選手だけではなく、河野選手も2010年から2011年にかけて3連敗した際は。周囲から引退を勧められていたうよです。
しかしそれでもジムに通い続け世界チャンピオンそして今回の防衛成功に至りました。
この河野選手の粘り強さは尊敬するしかないですよね。
僕も粘り強くいろんなことに取り組んでいきたいと思います。

今後も河野選手の活躍に期待しています!
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