キングダム呂不韋の息子は政?マンガでの現在と史実での最後を紹介

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ピクミンもそろそろ飽きてきたな・・・。

こんにちはおーーたです。

今日はキングダムで登場する呂不韋という人物についてご紹介します。

キングダムでは政と王の座をかけて戦っていた憎き相手でもありますよね。

そんな呂不韋のマンガでの現在の立場と史実での最期をご紹介したいと思います。

そしてマンガでは政を息子と呼ぶ意味深な場面も出てきました。

その真実についても調べてみます。

キングダム呂不韋とは

キングダム呂不韋2

キングダムでは初めから王宮にいた呂不韋(りょふい)ですが、商人として全国を旅していた人物です。

なので交渉や駆け引きはとても得意!

マンガでもその話はちょこちょこ出てきてますよね。

趙国の臣下の一人に「春平君(しゅんぺいくん)」という人物がいるのですが、それはそれは趙王に溺愛されている人物。

その春平君を呂不韋が人質にとり李牧を秦国の咸陽(かんよう)に呼び出すという過去に例を見ない大胆な行動をとったことがありました。

とても一方的な案ですが、春平君を開放する為に李牧は呂不韋と交渉する場面があります。

中華一頭のキレる李牧と呂不韋が交渉をする場面。

表には出さない腹の探り合いがハラハラする場面でした。
キングダム呂不韋3

文官達も緊迫した空気が流れる中、キングダム呂不韋4

「秦と趙の同盟」を持ちかけた李牧。

それに対し呂不韋は「城をおまけしてくれれば交渉の余地はある」と発言。

李牧の首と同盟を天秤にかけ李牧の首が遥かに上回ると判断した結果の発言です。

この交渉には李牧も驚きを隠せないようでしたが渋々承諾。

1歩間違えれば趙との全面戦争も起こりうる場面で、ギリギリ秦が有利に立つように持っていく様子はただの商人ではなかったことが伺えます。

ではなぜ商人から丞相の位まで登りつめることができたのでしょうか?

なぜ商人から丞相まで出世ができたのか?

キングダム呂不韋5

趙で商いを行っていた呂不韋は趙国に人質に出されていた子楚(しそ)と出会います。

この子楚がのちの壮襄王(そうじょうおう)となる人物

今まで商人として稼いできた全財産と許嫁であった太后(たいこう)までも子楚に投資し、ついに秦国の王になります。

そうして呂不韋は晴れて右丞相の位に就くことに成功します。

腹黒い人物としてキングダムでは描かれていますが、呂不韋なりに苦労してここまで来た過去もあるということですね。

呂不韋の収める秦国は一体どうなっていたのかも気になるところです。

中華統一は無理でも豊かな国になったかもしれないですね。

キングダム呂不韋が失脚?

キングダム呂不韋6

呂不韋の運命を決めたのは元許嫁である太后であることは間違いありません。

政が王の座についていないとき秦の王宮には3大勢力がありました。

ひとつは
政率いる王血族派。

もう一つは
呂不韋率いる呂不韋派。

そして最後のひとつは
太后の束ねる後宮派。

後宮とは
キングダム呂不韋7
政の実母・太后が支配する王宮内でも特別な場所。

1000人を超える宮女と宦官(かんがん)が住んでいた。

呂不韋でさえもコントロールすることができないほどの権力を持つ。

宮女とは簡単に言えば王である政のお嫁さん候補の人たちです。

昔から女の人は強かったんですね。

王になれば好きな女の人を選び放題という今では考えられない夢のような時代です。

でも政は宮女と寝室にいても本を読むという絵にかいたような真面目な人物。

とても紳士…。

キングダム呂不韋8
どうしても政に勝ちたい呂不韋は禁断の後宮に手を出してしまいます。

後宮は男子禁止の場所なんですが、夜な夜な太后に会いに後宮に向かってしまいます。

太后は未だに呂不韋の事が忘れられないようで、異常なくらい呂不韋を求め困った呂不韋は代理として嫪毐(ろうあい)という人物を送り込みます。

太后と嫪毐は毎晩のように密会を繰り返し2人の子供まで授かってしまいました。

密会を隠すのも大変なのに子供まで隠し通すことは無理と判断した太后は自ら毐国(あいこく)という国を作り上げ秦国に対し反乱を起こしてしまいます。

キングダム呂不韋9
その反乱も失敗に終わり嫪毐は処刑。

ここから呂不韋の運命は崩れ落ちていきます。

昌平君が政側に寝返り、嫪毐の反乱を裏で画策していたことや太后と密会していたことまでばれてしまい失脚を余儀なくされました。

事件の審議には時間がかかる為現在は監視付きで行動をしている現状。

呂不韋は出世の為なら手段を選ばない人物ではあるんですが、太后のことを無下にしすぎですよ。

太后は幸せな家庭を築きたいだけなのにそれに付け込んで反乱を起こさせるなんて・・・。

年をとっても一途な太后に少しキュンとしてしまいました。

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キングダム呂不韋の史実での最後は?

キングダム呂不韋10

呂不韋についてはキングダム内の話は史実にあった話を忠実に描かれています。

太后の乱も実際に起こっています。

史実では太后の反乱の後紀元前235年に政は呂不韋に手紙を送りつけます。

「御身は秦国にいかなる功績があった河南十万石が与えられているのか。秦王家といかなる血のつながりがあって仲父と称しているのか。一族の蜀への移住を申し渡す。」

要は島流しの刑という事です。

キングダム呂不韋1

蜀とはこの地図の左下の辺りです。

秦の中心部からかなり離れた場所まで飛ばされてしまいます。

そしてやがて政に処刑されることを悟った呂不韋は自ら毒を飲み自害します。

悲しい最期ですが、それだけの多くの人を利用してのし上がってきたので仕方ない。

王にはなれませんでしたがそれ以外の贅沢はやり尽したんではないでしょうか。

キングダム呂不韋の息子は政なの?

キングダム呂不韋11

マンガでも蔡沢と話しているときに

「さすが私の息子」

と発言し読者である私たちを驚かす場面もありました。

妊娠した時期が合わない為呂不韋は父親ではないとされていますが、真実はうやむやになったままです。

もしかしたら政の父親は呂不韋かも・・・。

史実でも真偽は定かではないが呂不韋が子楚に差し出した愛人はすでに妊娠しておりそれが後の政だという話もあります。

春秋時代の資料である史記にもこれが真実として書かれておりかなり信憑性の高い話です。

今のように医療が発達していない為誰の子供かはっきりすることは難しかったことでしょう。

もし政が呂不韋の子供だったら弟である成蟜(せいきょう)亡き今、王家の血は途絶えてしまっていることになります。

それはそれで悲しい事実ですよね。

まとめ

ここまで書いてきて呂不韋についてまとめると、自分の為なら許嫁も部下も駒として使う最低な人間という事です。

しかし商人として難しい局面を打破する力はとても強く、威勢のいい信すらも尻込みしてしまう程の気迫のある人物でもあります。

マンガ内でも呂不韋がいたからこそ政が強くなれたのではないかと思いました。

あんな大物と対等に渡り合える10代なんて今の時代にはそうそういませんよね。

僕なんかも10代なんて世間知らずのはなたれ小僧でした。

呂不韋の次に倒さないといけない敵は李牧です。

李牧戦が楽しみです!
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